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通り名は真知子

長すぎた プロローグ

6年のありがとうをあなたに

唐突だが、私は身近に手越担のお姉さんがいた。手越しか見えない。盲目。何かあれば手越を薦めてくる。私はそんなお姉さんに対して「ジャニーズの何がいいの…」と思っていた。その頃私は小4、韓国のアイドルにハマりにハマっていた。

 

小さい頃の親の影響って絶大で、その時も親が好きだったから韓国にハマった。ハングルで書いてある歌詞を辞書で引いて韓国語で歌ったりなんかもしていた。

 

そんな親が唯一好きだったジャニーズが関ジャニ∞だった。夕食時にはジャニ勉を見て、車には何故かF・T・Oのアルバムが入っていた。(録音ではなく、CDを入れて聞いてた)友だちが買うついでに買ったそうだ。だから、F・T・O収録曲なら歌えていた。

 

ある日家族でドライブ中に偶然見ていたドラマが「GM~踊れドクター~」だった。このドラマの説明をしてもあまりピンとくる人がいないが、大変面白いドラマだった。でもまあ、悲しいことにこのドラマ枠は「GM~」終了後の「GIN~仁~」によって盛り上がることになるのだが。

 

主演、東山紀之。おそらくバーター枠で当時25歳の大倉忠義が看護師役で出演していた。多部未華子ちゃんよりも、ヒガシよりも、椎名桔平さんよりも、大倉くんをガン見していた。大倉くん演じる本木くんがメロンパンを食べていたから食べたことなかったけど食べた。未だに覚えている。母に「大倉くんが好き」と言うのが恥ずかしくてモジモジしていたのを。

 

主題歌がなんと関ジャニ∞だった。そう、皆さんにおなじみ「LIFE ~目の前の向こうへ~」だ。もちろん買った。(母が)PVもメイキングも腐るほど見た。気づけば完全な大倉担になっていた。まあ、どう考えても"顔ファン"であった。

 

そこからの記憶はほぼ無いが、エムステで披露する関ジャニ∞を見て「大倉くんのパート最高」と思っていたしアルバム∞UPPERSも買ってエムステでまた大倉くんを見て金髪の彼に小さな胸をときめかせていた。

 

あれから6年。月日が経つのはあっという間だなぁと感じている。小学生だった私は高校生になり、平均年齢が20代だった関ジャニ∞は既に全員三十路超えだ。

 

中学生の頃、いや高1までは私はいつまでも大倉担だと信じて疑わなかった。そもそも若い子に興味が無い、おじさん過ぎでも興味が無い、関ジャニ∞自体嵐以外との関わりが少ない、降りるなんて発想ゼロだった。

 

2016年3月、私はSexy Zoneにハマる。始まりはTwitterで見かけた「#セクチャン」のタグだった。そこからはもう転げ落ちるみたいに加速して~♪だ。()あっという間に掛け持ちになった。

 

若い子を見ていると、若い子にハマる。沼沼沼…の繰り返しだった。そしてまたあっという間にJr.もかけ持った。

 

関ジャニ∞の番組は追わなくなり、エムステくらいしか見なくなった。それでも長い間ファンをしてきたんだ、という意地が私を「担降り」という決断から遠ざけた。

 

熱愛報道が出た。正直、呆れ返ってしまった。子供だから、幸せにね!なんて綺麗事思えなかった。

 

これで判断しよう、と冬コンに入った。生の大倉くんはやっぱりかっこよかった。降りられるわけない!そう思った。セトリはさんざんだったけど。

 

また大倉くんの画像を集め始め、大倉くんの動画を見始めた。DVDも見た。ここで私は気づいてしまったのだ。

「私は、若い大倉くんが好きなんだ」

どれも若い頃の大倉くんだった。自分で「たっちょんです♡」とか言っちゃうような。たまに文句を言った。その矛先はいつだって今目の前にいる大倉くんだった。

 

関ジャニ∞は大好きだし、大倉くんも大好きだ。何より顔から入ったファンだったけど歌声が大好きだった。だけど今の自分は担当として大倉くんの名前をあげるのに躊躇うような最低な人だから、潔くここで、担降りをしようと思う。

 

降り先はたくさんある。松島聡くん、中村嶺亜くん、そして中村海人くん。

 

大倉くんは、私ひとりが降りようと他にもたくさん応援してくれる人がいます。私はさよならをするけど、大倉くん、ぜひ今いるファンを大切にしてください。6年間、青春のほとんどを大倉くんに捧げてきました。本当にありがとう。これからも健康には気をつけて。